腕が動かせない

会社員をしていたころのことです。
そのころは、営業倉庫の仕事をしていたので、体を酷使する毎日を過ごしていました。

ある朝、目を覚まして起きようとすると、左手の手首に激痛が走りました。
いままで体験したことのない痛みで、腕を動かすこともできません。
何とか起きようと寝返りを打とうとするだけで、左手の親指から電気が流れ込んでくるような鋭い痛みが走ります。

しばらくそのまま様子を見ていましたが、痛みは治まる様子がありません。
仕方がないのでその日は会社を休み、病院に行きました。

お医者様からは、
「腱鞘炎だろう」と、言われて痛み止めの薬を処方してもらいました。

一日たつと、何とか最初のような痛みは治まり、その後数日でほとんど痛みを感じなくなりました。

ところが、しばらくすると今度は左手の親指にひどい痺れを感じるようになり、ものに触れることができないほどになりました。

何日間かは体をだましだまし働いていましたが、とてもこのまま我慢している事はできません。

私は再度病院に行き、詳しく調べてもらうことにしました。

検査の結果、「頚椎椎間板ヘルニア」であることがわかりました。

お医者様からは、
「治すには手術が必要です。でも、手術が成功したとしても痺れが完全に取れるとは限りませんよ」
と絶望的な宣告を受けました。

それからは、当時唯一の趣味だったゴルフも、お医者様のアドバイスどおりにやめてしまい、できるだけ刺激をあたえないように仕事をしていました。

治療家になりたい

その後しばらくは、ヘルニアを騙しだまし仕事をしていましたが、これからの人生をこんな状態で送るのは、とても我慢ができません。

そこで、何とか治す方法、治らないまでも症状を緩和する方法はないかと自分で探し始めました。

民間療法を含めていろいろな治療法をさがし、その中でこれはと思う手技療法を受けてみました。

運よく、ある手技療法の治療を受けてみると、今まで苦しんできた症状が、完治しないまでも劇的に緩和され、痛みと痺れから解放されました。

その時のことは今でも忘れません。真っ暗だった目の前が明るく照らされた気がしました。

「お医者様でも治せないものを治すことができる」療法が民間療法として存在することも知りました。

この衝撃は相当なもので、私の人生を変えるほどの出来事でした。

その後の私はもう、「あんな風に人を救って喜ばれる仕事がしたい」ということで頭がいっぱいになってしまい、そのことばかり考えるようになりました。

当時の私は、仕事でも責任のある位置におり、もちろん家庭もありましたから、今の仕事を捨てて新しいことを始めるには、かなりの勇気とそれ以上の家族の理解が必要でした。

家族と相談し、説得し、ようやく家族の了解をもらって新しい道に進みはじめました。

おそらく、家族は私の性格を知っているので、こうと決めたら反対しても無駄だ、というあきらめがあったのだと思います(笑)

学校そして独立へ

それからというもの、それまでの仕事を辞める準備をしつつ、手技療法の学校を探し回りました。(自分を治してくれた療法を身につけるつもりでした)

療法の勉強をしながら見習いをさせてもらえ、そしてそのあとの開業を考えて地元の学校を選びました。

しかし、新しい道はとても順風満帆とは言えません。

むしろ、苦労の連続でした。できるだけ短期間で身につけたいので、仕事をしながら勉強するという選択肢を捨てて、勉強に専念することにしました。

今までの蓄えで食いつないでいかなければならないので、決して生活は楽ではありません。

年齢もいってましたので、覚えもそれほどよくありません。

私は、その学校に付属する整骨院を臨床実習の場として確保しつつ、時間を見つけては外部のセミナーを受講して技術と知識を身につけることにしました。

勉強を続ける間は、人に言えないような経験をしながらも、なんとか患者さんの体を安心して触らせていただけるようになりました。

しかし、私には
「苦しむ人と向き合って、心も体も元気にしたい」という自分なりの思いがありました。

その思いは厳しい法規に縛られた整骨院ではかなえることができません。

そこで、その思いを実現するために私は独立する決心をしました。

自分がどのような治療院を作りたいかは、すでに決まっていました。

リリースに込めた想い

2010年の11月に整体サロン「リリース」を開店しました。

しかし、体の勉強はしてきたつもりですが、集客の勉強を全くしてこなかった私の店に来てくれる人はいませんでした。

それ以前に、誰も私の店の存在すら知りません。

しばらくは、毎日店の掃除だけをしていました。

家にお金を入れることができずに、「もうやめようか」と何度も思いました。

でも、苦しんでいる人を少しでも救いたい、という想いを感じて下さる方が徐々に増えてきて、何とか軌道に乗せることができました。

お金もなく、人脈も、ツテもない小山市で開店して、何とかやってこれたのは、リリースに来店してくださったお客様のおかげです。

この方々に少しでもご奉仕できるように、お一人お一人に自分の200%の力を注ぎ、少しでも痛みや辛さ、心のお悩みを解消できるように頑張り続けていきます。